症状疾患とからだの歪み

「万病」という言葉があります。これは、あらゆる病気とか、多くの病気という意味ですが、 病気の数ってどれくらいあるのでしょうか。症状・疾患名として名前のついたものは、22000とも23000とも言われていて、現在も増え続けているようです。

 腰痛と一口に言っても、疾患としてまだ育っていない軽度の愁訴的痛みから、骨の変位や変形からくる痛み、内科疾患によって引き起こされる合併症的な腰の痛み、心因性とされる腰の痛みまで様々です。
 現代医学を元にした症状・疾患で捉えると、種類も多岐にわたり、治療法もその分数多く存在します。そして、その多くは症状・疾患名に対しての個別な治療法です。しかし、その症状、疾患、愁訴の元の元の根本的な原因に、目を向ける必要があるのではないでしょうか。

 操体の創始者、橋本敬三医師の著書には必ず、「人間ーこの動く建物」と題した診断と治療の原理が載っています。その原理とは、症状、疾患は元々の正体が健康傾斜の歪体化のプロセスを経て、バランスを崩すうちに現れてきた現象であり、歪体を正体に戻すことにより、可逆的に元の健康体に戻せるというものです。
 歪体とは、からだに系統的な歪みが生じていることです。では何故、からだに歪みが生じるのか。それは、自分が生活する上で、必要最小限、責任を持って営まなければならない「息、食、動、想」の営みが自然法則に準じていないからであり、それによって自然環境をはじめとした自分を取り巻く様々な環境に順応できていないからです。

 からだが歪むと、形態学的には姿勢に現れ、局所的には変形、腫脹、硬結、萎縮等を来たし、動きも窮屈なものとなってきます。それでも、間に合っていれば良いのですが、からだ(運動系)の歪みそのものが、生体にとってのストレッサーとなってくると・・・

    ・・・からだ(運動系)の歪みから感覚的バランスを崩し
                ↓                
      第1段階   感覚異常の発生 (A)
                ↓                  
      第2段階   機能異常の発生 (A’)+ (B)
                ↓                 
      第3段階   器質異常破壊の発生 (A’’)+(B’)+(C)

    ・・・と、なってしまうのです。

 感覚異常の発生とは、からだの歪みによって、 不定愁訴、微症状といわれる非特異的症候が自覚できるということです。からだが常に行っている、本来の状態に快復しようとする働きでは、間に合わなくなっており、どうにかしてほしくて不快のサインが出ているのです。これが傾斜の歪体化の第一歩となります。
 そして、そのまま不快な状態が続くと機能異常の発生が起こります。歪みにより、流れの悪さから滞りが出来てくれば、当然、内部機関の働きも悪くなり、機能的バランスを崩すこととなります。ここに来て、現代医学では精密検査を必要とする段階に入り、種々の検査がなされるようになります。
 そして更に不快な状態が続くと器質異常・破壊の発生つまり組織細胞の破壊、病理学的変化が起り、内臓の器質的バランスの崩れにまで至るのです。

 ここまでのプロセスで注目すべきは、第1段階の感覚異常(A)だったものが、 第2段階の機能異常が発生する頃になると、強められて(A’)となり、第3段階では機能異常の強まりと共に、更に(A’’)と強まり、器質異常破壊の発生となっている点です。これはどういうことかというと、それぞれの異常は、いきなり単独で発生する訳ではなく、段階的な積み重なりがあるということです。
 症状疾患現象というのは段階的なプロセスを経ており、その元々にあるのは、からだが不快な動きの方向に歪体することから始まっているのです。そして、異常感覚は警報ベルであり、速やかに正体へと快復すれば警報は止みますが、多重的に広がれば警報は強くなり、様々な異常も生じてしまうということなのです。
 しかし、生じた警報を消失するよう、からだを歪体から正体へと逆転させていけば、段階的に異常も正常化してくるという事。
 図に示すと・・・ 

         ・・・歪体から正体へと逆転していくと
                    ↓                    
      第1次消失として    感覚の正常化
                    ↓                   
      第2次消失として    機能の正常化
                    ↓                    
    最終的正常化として  器質異常・破壊の停止、回復(その程度による)

・・・となります。 健康傾斜の歪体化のプロセスは可逆性になっているのです。

 からだは悪くもなりますが、そこから良くなるようにも出来ているのです。その鍵を握るのは、からだの歪みとそれにともなう感覚であり、そこに着目するか、しないか、なのです。
 現代医学は、危機に瀕した生命を救急、救命する場面などで、数々の素晴らしい成果をあげています。これは本当に有り難いことです。
 しかし、人間は元々病気しないように、間に合うように出来ているのです。危機に瀕するまで、頑張って、からだを不調のままにしておく必要はないのです。不快を感じたなら、気持ちの良い方向に調和できる様、からだの歪みを調整し、心とからだの健康バランスを回復させていけば良いのです。

 病気から人を診るのではなく、人を病気にさせない診かたが、今後いっそう問われてくるのではないでしょうか。不快な動きの方向に歪体したからだを、正体に戻すことなく、症状、疾患という現象だけ、なんとかしようとしても底抜けの桶で水を汲むようなものなのです。