「上工は未病を治す」という言葉については、操体の創始者であり、医師でもあった橋本敬三先生の文献に以下の様な文章があります。

疾病というものは、平衡を失った生態であるが、その平衡の破綻はどこからくるのであるか。

内因を培った場に、外からのダイナミックな変化を与えられて起こる場合が甚だ多いと思われる。

「上工は未病を治す」という言は、「名医は内臓諸器官が病変を起こさぬうちに、ダイナミックなアンバランスを調整して、疾病の成立を未然に防ぐ」という翻訳が成り立つ。

『生体の歪みを正す』ー「ダイナミックな診療の提唱」より

平衡とは、生命力学的つり合いやバランス。

ダイナミックとは、動的な意味を指します。

東洋医学では、体表の経絡など外と内の内臓とを関連付けて、外からアプローチして、外と内の調和を計って治療につなげ、病気から回復させる、病気の芽を摘み病気にさせない、といった手法がとられます。

鍼灸などは代表的な例だと思いますが、それら東洋医学系の手法はスタティック、つまり静的なアプローチとなります。

操体も、外と内の調和をはかり全体的な調和に導きますが、静的ではなく「動かして診る」といった動的、つまりダイナミックなアプローチから、からだのバランス制御に働きかけています。

ボディの歪みも、単にカタチだけでなく、そのカタチは日常的に繰り返される動きから成り立っているのですから、静的にカタチを整えるだけでなく、動的に動きから正していこうという事なのです。

動くのは、本人の意識関与も必要となってきます。
静的アプローチのように、施術者任せではないのです。
本人が、からだの感覚をききわけながら動く。
だから、必然的に自力自療にもつながるのです。

しかし、殆どの人、特にバランスを崩しボディの歪みの進行の度合いが大きい人ほど、正当なからだの使い方が分からなくなっています。

不自然に癖づけされた動きは本人にとっては楽ですが、本人のからだにとっては流れの滞りを生じさせる窮屈な動きなのであり、怪我や病気につながる動きなのです。

操体では、からだにとっての気持ちの良い動き、からだが解放されて全体の流れが良くなりバランス制御に向く、からだ本来の動きが長年に渡り探求されてきました。

そうした動きを、自分自身でからだにとおせるようになれば、自分で自分のからだを調えて、自力自療も叶えていけるのです。

しかし、なかなか一般的には分かりづらい面があるようです。

前述したように、ボディの歪みと関連して、ほとんどの人は正当なからだの使い方が分からなくなっているからです。

ですから、操体臨床家が必要となってくるのです。

操体臨床家は、未病、症状疾患に係わらず、健康学を基に正当なからだの動きの発動を促すよう介助、補助に努め、被験者(患者)のからだをサポートしています。

どんな人でも、自分で自分のからだのバランスを調え、未病の段階で速やかに回復させる、症状疾患に陥ってしまっている状態でも健康の土台から改善をはかれるようにしていく。

からだ本来の動きによるバランス制御の効果は、理屈ではなく、はかり知れないものがあります。
その、からだの要求に的確に応えられるのが「上工」なのではと思います。

ちなみに、現在の操体臨床では「動かして診る」というダイナミックな動的アプローチの他にも、皮膚に着目したスタティックな静力学的アプローチも行われています。