健康体(自然体)とはどのようなものなのでしょうか?

筋肉モリモリで、筋力、体力がある人が、健康体とは限りません。

また、特定のスポーツに長けている人が、健康体とも限りません。

操体の創始者である橋本敬三先生の著書のなかには、以下のような文章があります。

人が正しきにおれば、容姿はおのずから端正となり

骨格は整い、筋肉も拘筋するところなく

内臓もその地位に安んじ、機能も互いに相調和して

身心共に健康である

体力、筋力が他の人より勝っているのに越したことはないですが、それがイコール健康体(自然体)であるといった簡単な図式は当てはまらないのです。

スポーツ選手のように、特定な競技に秀でているのも羨望の的となりますが、特定の競技に偏ったからだの使用法によってボディを歪ませ、からだを壊している人が多いのも事実です。 

動きには、自分の意向による動きと、無意識の内にも生じているからだの動きとがありますが、自分の意向ばかりに意識を向け、からだの動きを無視してはバランスを崩すのは必定です。

自分本位に個別に筋肉を発達させるように鍛えても、それぞれの動きのつながりが上手くいってなければ、却って不調和を招きます。

全体的な動きの流れが上手くいかなければ、アクセルを踏みながら同時にブレーキもかけているようなもので、動きの効率は悪くなります。

疲労、消耗しやすくなりますし、筋肉の凝り、張り、関節の変位も生じ、ボディは不自然に歪んできます。

ボディが歪めば圧の適性も崩れて、内に納まる内臓も本来の機能を発揮しづらくなります。

また、圧の適性が崩れれば、無意識のうちにも有難く機能している呼吸も浅くなり、悪循環が生じてきます。

回復力は落ち、疲れや精神的ストレスも貯まりやすく、感染の危険性も増し病気をしやすくもなります。

これは、鍛え方云々の問題だけではなく、日常の生活習慣全般や生き方につうじることでもあります。

からだの使い方、ひいては生き方にも自然の法則性は貫通しています。

からだの使い方にも、全体的な調和に向かう使い方はあるのです。

しかし、筋力まかせや力づくでは、呼吸との関連性からはじまる内臓と圧力の関連性を含め、様々な調和に向かう動きは分からなくなってしまうのです。

様々な調和に向かうからだの動きの流れ、循環は確かにあります。

だから、生きていられるのです。

それを十分に活用できれば、健康維持、増進に向かう元々の健康体(自然体)を取り戻すことが出来るのです。

操体では、創始者である橋本敬三先生の時代より「真の健康体」とは?という問いかけが常にされてきました。

そして、橋本先生の遺志を受け継いだ三浦寛先生によって、重心の適正化をかなえていく事で、それが可能だと明らかになってきました。